
私が社会人になった当初は、FIREという言葉がまだ世の中にありませんでした。
それでも私は、早期退職を目指していました。
それも社会人になってからすぐの話です。我ながら、随分早くから目指したものだと思います。
当時は、資産が増えたら人生はもっと派手に変わるものだと思っていました。
少なくとも、生活のどこかが分かりやすくアップデートされるのだろうと。
でも実際には、ほとんど何も変わっていません。
暮らしも、考え方も、驚くほど静かなままです。
FIREを目指すこと、FIREすること。
その過程で感じた「変わったこと」と「変わらなかったこと」を、少し整理して書いてみようと思います。
生活レベルは上げていない
FIREと聞くと、生活が一段も二段もグレードアップするようなイメージを持たれがちです。毎日外食、広い家、ちょっと良い車。そういう世界にワープするものだと思われている節があります。
実際のところ、私の生活はほとんど変わっていません。住む場所も、日々の過ごし方も、以前とだいたい同じです。「せっかく資産が増えたのに」と言われそうですが、本人としては特に物足りなさも感じていません。
誤解されがちですが、節約に励んでいるわけでも、我慢しているわけでもありません。生活レベルを上げていないのは、上げられないからではなく、上げていないだけです。
結果的に、この選択は正解だったと思っています。生活を大きく変えなかったおかげで、お金の使い方に神経質にならずに済みました。無理に何かをアップデートしなくても、日常はちゃんと回ります。

ただ、体験には使うようになった
生活レベルは上げていませんが、だからといって何にお金も使っていないわけではありません。モノを増やすことには、あまり興味がなくなりました。買った瞬間がピークで、あとは置き場所を考える作業が残ることが多いからです。
その代わり、体験にはお金を使うようになりました。移動すること、外に出ること、その場でしか得られない時間には、以前より迷わなくなりました。
あとから振り返ったときに残るのは、結局、記憶のほうです。これはFIREしてから、やけに実感するようになりました。
誤解のないように言っておくと、豪華な体験をしているわけではありません。ケチらなくなったというより、納得できるところでは迷わなくなった、そのくらいの変化です。
時間の使い方が、静かに変わった
FIREしてから、一日の時間の流れ方が少し変わりました。何かに追われる感じが減り、予定がぎっしり詰まることもなくなりました。忙しくなったわけではなく、余白が増えた、という表現のほうが近いと思います。
例えば、朝起きて特に予定を決めないまま過ごし、気づいたら昼になっていることがあります。「今日は何をする日だったっけ」と考えて、特に何も決めていなかったことに気づく。でも、それで困ることはありません。
時間に余裕ができると、不思議と判断もゆっくりになります。すぐに結論を出さなくてもいい。今日決めなくても、特に困らない。急がなくなったからといって、何もしなくなったわけではありません。「急ぐ理由がないこと」を選べるようになった。それだけで、時間の質はずいぶん変わるものだと感じています。

資産が増えても不安がなくなるわけではなかった
資産が増えれば、不安はきれいになくなるものだと思っていました。少なくとも、かなり薄まるものだと。FIREという言葉の響きも、そうした期待を持たせるところがあります。
ですが実際には、不安がゼロになることはありませんでした。世界情勢の変化や災害のこと、自分の健康状態のことなどを考えれば、将来への不安が完全になくなるはずがない。これは、資産の多寡とはあまり関係のない話だと思います。
ただし、不安の重さは変わりました。何かが起こる可能性は常にありますが、仮に起きたとしても、今の生活が急に破綻することはほぼない。そう考えられるようになったのは、以前との大きな違いです。
資産に余裕があることが、そのまま心の余裕につながっている。これは自慢でも、誇張でもありません。事実として、そう感じています。将来を完全にコントロールできるわけではありませんが、少なくとも、慌てずに考える時間は確保できる。その程度の安心感です。

FIREは選択肢を手に入れる中間点
FIREを目指すことは、単純に「仕事をしたくない」という話ではありませんでした。少なくとも、私にとってはそうです。働かないこと自体が目的だったわけではありません。
一番大きかったのは、心のゆとりを持てるようになったことです。急がなくていい、すぐに決めなくていい。そう思えるだけで、日々の過ごし方はずいぶん穏やかになりました。自分にとってちょうど良いペースを守れるようになった、という感覚に近いと思います。
FIREしたからといって、自堕落な生活を送っているわけでも、豪華な暮らしをしているわけでもありません。少なくとも、私の場合は違います。生活は以前と大きく変わらず、ただ選択肢が増えただけです。
その選択肢の中には、長く考えることも含まれています。すぐに結論を出さず、いくつかの可能性を並べて眺める時間を持てるようになりました。それができること自体が、FIREの効能なのだと思います。
FIREはゴールではありません。通過点です。何かを終わらせるためのものではなく、これからの選び方を少し楽にするための状態。そのくらいの距離感で付き合うのが、今のところは一番しっくりきています。
ここまで読んで、「自分はFIREを目指しているんだろうか」と思った方もいるかもしれません。あるいは、FIREに少し幻想を抱いていたり、ゴールだと思い込んで、今の生活を必要以上に苦しいものにしていたり。
もしそうだとしても、たぶん大丈夫です。私自身も、いまだに考えながら進んでいますし、答えが一つに決まっている話でもありません。
どう生きるか、どのペースが自分に合っているのか。これから一緒に、ゆっくり考えていけたらいいなと思っています。
Enjoy FIRE!
次回の投稿もお楽しみに!
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